広東会館(かんとんかいかん)
广东会馆 / GuangDongHuiGuan / グヮンドンフイグヮン
天津旧城の中心、南開区南門里大街に位置する。1907年に広東系の富裕者によって創建された天津で最大規模の清代建築。現在は天津戯劇博物館として公開されている。
広東地方の建築様式と、四合院といわれる中国北方地方の伝統建築様式を融合させた壮麗な木造建築。母屋、その両脇の別棟と中庭、戯楼から成り、敷地面積は1.5ヘクタール。その中でも戯楼の独特な設計は見もの。観客席は二層構造で、座席は散座、茶座、桟敷席の3種類がある。舞台には柱がなく、観客は正面と両脇の3面から観劇できる。また、舞台の真上には重さ約10トンの天井板(格子型に彩色の図案が施されている)が吊るされている。外観は四角形だが、内側は丸くくり貫かれており、それが螺旋を描くように上へ続く。見や目に美しいだけでなく、実はスピーカーの効果も具えている。また、舞台上は様々な彩色の木彫りが施され、そのどれもが非常に手の込んだもの。奥の楽屋も二層構造で、上は化粧室になっている。
1912年には孫文がここで講演を行ない、また、五四運動の際には、鄧穎超(のちの周恩来の妻)ら覚悟社のメンバーも革命演劇を上演したこともある。

