梁啓超故居・飲冰室書斎(りょうけいちょう・いんひょうしつしょさい)
梁启超故居与饮冰室书斋 / LiangQiChaoYuYinBingShiShuZhai / リャンチーチャオユーインビンシーシュージャイ
河北区にある第一工人文化宮からほど近い民族路に位置する。
梁啓超(1873-1929)は清末民国初の啓蒙思想家。字は卓如、号は飲冰室主人。康有為の門下生であり、また片腕として積極的に戊戌変法を提唱した。1898年の戊戌政変により日本に亡命。多くの西洋近代思想に触れた梁啓超は、帰国後“庸言報”などを発刊し、民主と科学の重要性を説き、西洋近代思想の紹介に力を注いだ。
故居は梁啓超自身の設計によるイタリア式建築の2階建て。1階には客間、書斎などがある。2階の東側半分にあたる応接室、資料室、日常生活用の個室は梁啓超専用、西側半分は妻子用としていた。1924年、この住まいの西側にイタリア人建築家による設計で、その名も“飲冰室”という書斎を建てた。こちらも2階建ての洋館で、休みになると学生たちのためにここで講義を開いた。また、梁啓超の後年の多くの著作はこの書斎で執筆された。

