王母池(おうぼいけ)
王母池 / WangMuChi / ワンムーチー
王母池は環山路の東にあり、古くは「群玉庵」と呼ばれ、別名「瑶池」ともいう。三国時代の魏の曹植が「東過王母盧,俯瞰五岳間」という詩句を詠み、唐代に李白が「朝飲王母池,暝投天門闕」と詠んだことからもここの歴史の長さをうかがい知ることができる。王母池は川の近くに建てられた亭や楼閣を指し、異なる高さの三層の土台の上に建っており、赤い塀と黒い瓦が青々とした木々の中によく映える。
山門の上には清代の道光年間に徐宗干が書いたといわれる額がはめ込まれている。門の中は池で、周囲を石の柵で囲まれており、太鼓橋がかかっている。池の東には「泰山凿泉記碑」が立っており、馮玉祥が1932年にここで朝陽泉を掘ったことが記されている。池の西にある洞穴内に王母泉があり、泉の水は透き通っていて甘い。池の北にある洞穴内には宋代に立てられたという「重修王母殿碑」がある。
階段で正殿まで登ると、明代につくられた銅の王母の座像がある。正殿の両側には耳房(母屋の両側の低い建物)と、前には配殿がある。東殿には「観瀾亭」「咽石山房」と書かれた額がある。西殿は薬王殿で、もともと孫思邈が祀られていたが、現在は文化財の展示室になっている。
後院の土台の上には七真殿があり、別名呂祖殿という。殿内には明代の彩色した塑像で呂洞賓、李鉄拐、何仙姑、呂祖の弟子の柳樹精、苗慶、焦成広、済霄堂ら7人の像がある。生き生きとして素晴らしい塑像だと言われている。1946年陳毅が泰山を訪れたときにガラスケースで保護するための資金を出すよう指示したが、1966年に像は壊され、1986年に再び建造された。七真殿の東側には蓬莱閣があり、呂祖殿とつながっている。呂祖殿の前には悦仙亭がある。
廟の前にもともとあった飛鸾泉は、1956年に噴水池として再建された。池の南には朝陽泉があり、馮玉祥が、泰城住民が飲料水に困っているのを助けるために掘ったと言われている。
廟の東の川の中に水をたたえた場所があり、「山海経」では「環水」と称している。昔は王母が髪を洗うための楼がこの場所にまたがるように築かれており、俗に梳洗河と呼ばれたが、今はその柱の土台だけが残っている。川の中には虬在湾がある。湾の南には八仙橋があり、橋の南には「将軍石」、「源清流洁」、「水不在深」と刻まれている。

