斗母宮(ともきゅう)
斗母宫 / DouMuGong / ドウムーゴン
烈士記念碑の北にある。泰山の古い道教寺院。宮東は龍泉峰に臨み、龍泉水が西北の山峡から宮東をめぐって中渓に注いでいる。龍泉観ともいう。宮は盤道脇の、谷深い絶壁にひっそりと建つ。創建年はわからないが、明の嘉靖年間には徳王が修築し、清康煕初年には尼が住職をつとめていたという。北斗衆星の母を祀り、闘姥宮とも言われ、またの名を妙香院、俗に闘母宮という。建国後、修築が繰り返され、彩色上絵が一新された。
宮は、前、中、後の三院に分けられている。中院には西向きの山門があり、門の下には精巧な彫刻がほどこされた石獅子が並んでいる。門のわきには、鐘楼、鼓楼が分かれて並ぶ。院内の正殿は闘母神を祀り、俗に千手千眼佛と呼ばれる。現在は地蔵菩薩の銅像が置かれている。東の配殿には、紫檀でできた、観音、文殊、普賢の三菩薩が祀られていたが、1966年に壊された。現在は文物展示室になっている。
前院は、北に僧坊が、東南に寄雲楼があり、ともに茶室となっている。院内には清光緒年間に、趙爾が造った天然池があり、ここに龍泉水をためて灌漑用水にした。池の北には南山門がある。
後院には正殿、配殿、禅房があり、東には聴泉山房、龍泉亭があり、来観者は景色を眺めながら一休みできる。亭の下の谷には「三潭畳瀑」がある。龍が舞い飛ぶような様子から、飛龍澗という。谷の間に立つと、管弦楽のようなせせらぎを聞くことができる。
西山門外には、エンジュの古木が、巨大な枝を地にはわせている。龍が地に伏せ、鎌首をもたげているように見えることから、俗に「臥龍槐」と言う。
宮の南西の崖には、「蔚然深秀」、「洞天福地」、「膚寸昇雲」、などの字が刻まれ、目を引く。二字のものがあるが、これは額が割れ、「風月」の二字が落ちたのであろう。美しい景色がはてしなく広がり、素晴らしいという意味。
宮の北には高老橋がある。昔の黄老の道徒、高氏が創建したと言われる。橋の北にある道の西には人祖廟がある。もとは秦始皇帝を祀っていた。清代に、三官廟、祀天宮、地官、水官に改築され、建国後は小学校になっている。廟の西北の崖には、清代の金石学者呉大澂が、秦の李斯の小篆『琅刻石』、『漢鏡銘』を臨書した石刻がある。

