慈門寺(じもんじ)
慈门寺 / CiMenSi / ツーメンスー
慈門寺は、元の至正年間に建てられた朱家角にある名刹だった。明の嘉靖年間戦火に焼かれ、隆慶五年に募金によって大雄宝殿が再建された。
明の万歴三十九年、「護国明園慈門寺」という名前を賜り、仏像一体と経典20部が送られたため、観音閣と藏経閣が作られた。以来、その名を広げ、多くのひとが訪ねるようになったという。明の崇帧元年(1628年)に鐘楼が建てられ、重さ1トン以上ある鐘が、あたり10キロまで響き渡っていたという。
いくつものの戦乱を経て、慈門寺が次第に衰退し、民国の時代に病院となったが、40年代は、大殿と鐘楼だけが残っていた。50年代に寺院のあった場所に県人民病院が建設され、今では、古くからある2本の銀杏の木だけが昔のまま聳え立っている。

