逍遥津(しょうようしん)
逍遥津 / XiaoYaoJin / シャオヤオジン
合肥市の旧市街地の東北角に位置して、約20万平方メートルの都市の公園で、水面は面積の3分の1を占めて、公園は東西二つに分かれていて、逍遙津が古いので淝水(川の名前)に渡し場がある。公園の外に、1本の西津橋、逍遥橋があり、合肥の交通の主要道路だ。
逍遙津公園の四季は、緑が長い間あって、環境は優雅で静かだ。迂回路は、曲がりくねっていて、静かで長く、築山築石は本物そっくりに作られている。つりあいがとれていないような庭園の構造は、区切りがはっきりしていて秩序がある。公園の北方の庭園は古風かつ優雅さを出し、また南部は庭園のあでやかで美しく造られている。ほっそりとした、村の娘が入園の際、着飾ってくる。逍遙津公園に足を踏み入れると、悠久の歴史に人は奥ゆかしい感情が湧かせることができると言い伝えられている;人を引き付ける、自然な姿と人工的な建物が心を落ち着かせることができ、帰るのを忘れてしまう位だ。ここで、古い戦場の一面に広がる火薬の煙を想像することができ、中国の雄壮な山河の美しいさも楽しむ事が出来る。
逍遙津公園の最大の特色は園内の湖で、湖面の面積は168ムーに達して、およそ園全体のの面積の4割を占めて、湖上に船が揺れ動き、湖の光と島の色を合わせて楽しめる。精巧で古風な水榭、紅柱、緑瓦、花窓、蓮池の花の色、古風な逍遥荘園は美しい姿にあらん限りの力を尽くし、多彩で美しい。湖面は三つの島あり、北島には、亭や閣の輝き、草木の緑がひき立て合っている。南島の面積は最小で、草木が青々と茂り、アシは風で揺らめいて、もの静かで神秘的だ。
優雅な景観の他にも見所がまだ沢山ある。中園、百草園、牡丹園など花の観賞、亭、閣、楼、画廊の記念撮影もできる。独秀峰までの景色を遠く眺めることが出来る。
逍遙津の悠久の歴史である、三国の古い戦場は後世にも名が知られている。曹魏と孫呉は、合肥を奪い合い、激しい戦いを32年行なっていた。その中の最も有名なのは古逍遙津畔での戦いである。有名な古典の小説《三国史演義)中の“張遼の威勢は逍遙津に響き渡る”のストーリは、ここから来ている。今なお逍遥の湖心の三つの島に埋葬地があり、張遼の遺物を葬った墓もあると言い伝えられている。

