馬王堆(ばおうたい)
马王堆 / MaWangDui / マーワンドゥイ
馬王堆は長沙市東郊4キロ、瀏陽河の西岸、長瀏道路の北側の芙蓉区馬王堆郷(旧東屯渡郷)に位置している。河の湾曲部の平地に土盛りで出来た丘があり、地方誌によれば、五代の楚王馬殷とその家族の墓地とされ、そのため馬王堆と呼ばれた。また東側と西側にそれぞれ土を盛った塚があり、その形が馬の鞍に似ていることから「馬鞍堆」と呼ぶ人もいる。しかしその後の発掘調査で「長沙丞相」「大侯之印」「利蒼」の三つの印象が発見されたことから、墓の住人が前漢時代の長沙国丞相利蒼とその家族であることが判明した。
丘の上の墓は全部で三基。それぞれ封土の高さ10m、直径30mの規模を持つ。1972年から1974年にかけて行われた発掘により、1号墓は利蒼の妻、2号墓は利蒼本人そして3号墓は利蒼の子供が埋葬されていることが確認され、3つの墓はそれぞれ約20年の間隔を経て造営されたことも判った。
1号墓と3号墓の内部の保存状態は極めて良く、中でも1号墓からは女性の遺体(利蒼の妻、辛追)が埋葬から2100余年を経ても腐敗せずにほぼ完全な状態で出土したことで、馬王堆は全世界にその名前を知られるようになる。
1号墓は3基の中でも規模が最も大きく、墓坑の長さは17.8m、東西の幅が17.8m、深さが16mある。棺は内棺3層、外棺3層の6層構造で、棺の周囲には30-40cmの厚さで木炭が詰められ、その外側は60-130cmの漆喰により固められていた。
出土した遺体は身長154cm。外形は無傷で皮膚にはまだ弾力があり、毛髪も一部が残されていたほか、関節の一部を動かすことも可能であった。靭帯のほとんどは弾力性を有し、内臓器官も完全な状態で、ほぼ正常な位置に残されていたという。
墓からは多くの貴重な絹製品も出土している。特に長さ128cmで重さわずか49g、蝉の羽根のように軽くて薄い淡色の禅衣。長さ205cm、上部幅92cm、下部幅47.7cmのT字型をし、天界・人間界・地獄界の様子が巧みな構図で描かれた彩色帛画などが有名だ。
また12万字あまりの帛書も出土し、その多くが現在ではすでに散逸した史籍であったため学術界の注目を集めた。中でも初漢の長沙国南部の地形図、駐屯軍の地図、県城平面図が描かれた三つの地図は、現在まで伝わっていた地図よりも1300年以上も古く、世界でも最古の地図といわれる。また3号墓から出土した「五十二病方」は、戦国時代に成立した中国で最も古い医学書「黄帝内経」よりも更に古い時代に成立した可能性があるとされ、書中には52種類の疾病の解説のほか、100数種類の疾病の名前も挙げられており、処方箋も280余りで、240余りの原料名も記載されている。これは中国で見ることができる最も古い処方箋であるといわれている。
現在1号墓と2号墓はすでに埋め戻されており、3号墓のみが修復を経て一般に公開されている。また出土した文物の多くは湖南省博物館に所蔵されている。
交通
112番の路線バス利用
料金
2元

