永定土楼(えいていどろう)
永定土楼 / YongDingTuLou / ヨンディントゥーロウ
闽西竜岩地区の永定県に、「永定土楼」と言われる客家の建築群がある。起源は唐代までさかのぼり、元の末期から明の初めには徐々に当地に受け入れられていき、広く伝わった。永定土楼は悠久の歴史を持って大規模で独特の風格があり、その構造は精巧で、世界の住居建築史にも屹立する。
現存する客家土楼は約2万棟余り。永定土楼は四角形と丸形に分けられ、永定県には丸形360棟、四角形4千棟余りがある。丸形は客家住居の典範で、主に2、3圏から成る。3、4階建ての外圏は高さ十数mあり、百から二百もの部屋を有する。1階は台所と食堂、2階は倉庫、3、4階は寝室になっている。2圏は2階建てで、30から50の部屋を有し、主に客室に使われる。中間は楼内に住む数百人が冠婚葬祭用の公共場所として使われる。更に井戸、浴室、製粉所などの設備も整っている。土楼には現地の土が使われ、驚くことに鉄筋もセメントも一切使われていない。壁の土台部分は車が通れるほどで、3mの広さがある。1階の底部分は1,5mほどで、幅は上にいくほど狭くなるが、最上階部分でも90cmは下回らない。丸形の壁面に沿って木の板で部屋を設け、その内側に回廊がある。
土楼は基本的には家族で住み、安全防衛と防災の機能を持ち合わせている。というのも、もともと土楼は客家が敵から身を守るためのものであったので、敵が攻めてきても手が出せないように1、2階は窓が開いておらず、楼の上には展望台を備えるなどの防衛策をとる他、防震、防火のために、防火水槽を設置するなどのさまざまな工夫が凝らしてある。また土楼は厚みがあるので、暑さをしのぎ保温効果があり、冬暖かく夏涼しい。
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