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水師営会見所(すいしえいかいけんじょ)

水师营会见所 / ShuiShiYingHuiJianYing / シュイシーインフイジエンイン

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日露戦争中の1905年1月1日、旗色の悪くなったロシア軍は、日本軍第3部隊に参謀を派遣し、降伏書を届けさせた。1月2日午後、双方の代表が水師営にて降伏問題について協議を行い、1月5日、両軍の最高幹部が水師営で会見した。水師営は旅順の北4kmの龍河右岸にある。元々ここは清朝の水師の駐屯地で、清朝末期に水師営がなくなってからは、徐々に村に発展した。日露戦争中、水師営村はその大部分が破壊され、唯一西北街29号の民家だけが完全な形で残った。それは、ここが日本軍の旅順総攻撃時、第1師団衛生隊の治療場だったからであり、1月5日の両軍最高幹部の会見場所となった。会見は午前11時に始められる予定だった。敗軍の将ロシア軍ステッセルは10時45分には会場に到着した。しかし日本軍乃木希典将軍はロシア側を冷遇し、11時30分になってようやく姿を現した。互いに違う腹の内で挨拶をかわし、昼食を取り、記念撮影をした。会見は午後1時20分に終わった。帰り際にステッセルは乗ってきたシベリア白馬を乃木希典に進呈した。乃木は当然の戦勝品としてこれを受け取った。

日露戦争後、日本軍はこの会見が行われた建物や塀で囲まれた庭、白馬を繋いだ棗の樹を、持ち主の李其蘭から買い上げ、「戦績」を宣揚する永久記念物とした。後に日本植民地政府が庭に「水師営会見所」という石碑を立てた。乃木希典は帰国後、ステッセルが送った白馬に乗って明治天皇に謁見し、手柄を自分のものにした。日本が旅順を統治した40年間、「水師営会見所」は「戦跡」として保存された。

 
 

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