大興善寺(だいこうぜんじ)
大兴善寺 / DaXingShanSi / ダーシンシャンスー
西安市の南方、長安北路の西に位置する。晋代に創建され、当初は尊善寺と呼ばれていた。隋文帝の開皇2年に拡張され、大興善寺と改名される。インド人僧侶が寺院内に居住し経典を翻訳した。唐玄宗の開元年間、「開元三大士」と称されたインド人僧侶の善無畏、金剛智、不空がこの寺へ密教を伝え、長安は仏教経典を翻訳する三大訳所の一つとなり、中国密教の発祥地となった。
唐の開元年間にインドの高層善無畏、金剛智、不空が前後してこの大興善寺に教えを伝えた。不空和尚はインドで広く密教経典を求め、教えを請うた。大興善寺では翻訳作業をつかさどり、500冊を越す経典を翻訳した。唐の皇帝は灌頂の儀式を行った。また一帯の寺院にあったサンスクリット語の経典を広く集め、その収蔵と研究を進めた。仏教経典の整理研究を行ない、その教えを広めたことは不朽の功績である。唐代宗の時、不空は開府議同三司、粛国公に封じられ、三代国師と呼ばれた。亡くなってからは「大弁証広智不空蔵和尚」と贈り名され、巨万の富を与えられた。寺院内には不空舎利塔が建てられている。「不空和尚碑」は現在まで「碑林」の中に保存されている。
現存の大興善寺は明代に建てられた。山門を入ると、東西に鐘楼と鼓楼があり、天王殿には弥勒佛が安置され、両側には宋代の木彫りの四天王像が立っている。門内前方には金剛殿が、後方には大殿がある。大殿には釈迦牟尼佛像が安置され、両側に十八羅漢がある。一番奥には千手千眼観音殿があり、その両側には五楹配殿があり、後院は法堂方丈で、清朝光緒帝の手による「覚悟衆生」の横額がかけられている。寺院には唐代の転輪蔵経殿遺跡が、地面に1mの方形の状態で残っている。大興善寺は歴史ある仏教寺院であり、観光スポットでもある。華やかな古都、西安にある大興善寺は豊かな自然に囲まれており、厳粛な気持ちにさせられる。

