半坡遺跡(はんはいせき)
半坡遗址 / BanBoYiZhi / バンボーイージー
はるかなる昔、黄河流域に中華民族が誕生する。世界中のあらゆる文明が滅び行く中で、中華文明だけが現在まで続いている。半坡遺跡は原始人の村落遺跡で、西安市から東へ6kmの滻河東岸の半坡村にある。中国内で唯一完全な形で現存する原始人社会遺跡で、6000年の歴史をもつ。黄河流域で最大規模をほこる、母系制社会の村落遺跡であり、仰韶文化に属するものだ。黄河流域の関中地区で、このような遺跡が400以上も発見されたため、黄河流域が中国古代文明の発祥地と言われている。
半坡遺跡は1953年に発見され、住居遺跡45ヶ所、家畜小屋2ヶ所、陶器製作所が6ヶ所、穀物貯蔵所が200ヶ所以上、成人及び子供の墓、埋葬甕が250個、生産工具、生活用品1万点余りが出土した。1958年遺跡の上に半坡遺跡博物館が建てられた。展示室のほかに、原始村落居住区を覆う形で3000㎡の保護ドームが建てられた。
遺跡は居住区、陶器制作区、墓所の3つの地区に分けられ、居住区が村落の中心となっている。半坡遺跡は典型的な石器時代の村落遺跡だ。使用されていた道具の大半は木製か石器で、女性が中心となって、陶器を作る、糸を紡ぐ、家畜の世話をするといった生産活動を行い、男性は漁や猟を行なった。
現在、館内には3つの展示室と1つの遺跡ホールがあり、人類の創生期の素朴な生活ぶりと、中華民族の祖先のたどった険しい道のりを垣間見ることができる。
早期の住居遺跡は竪穴式である。浅い穴を掘り、地面に出た部分を覆って屋根のようにした。こうした住居は小規模でまた湿気も多かった。後期になってようやく地面に壁を築き、木の柱で屋根を支える形式になった。このような垂直な壁と傾斜した屋根という後の中国の伝統的建築物と同様の構造があったことは驚くべきことだ。
遺跡の中には長さ300m、深さ5m、幅6mの大きな溝が見られる。これは他の村からの侵入や、獣の襲撃を防ぐためにつくられたトーチカのようなものだ。遺跡の中には公共の墓地も見られる。ある墓の上には甕が安置され、その上部は陶製の皿で覆われ、皿の中央には小さな穴があけられている。死体を甕の中に残し、魂だけがその小穴を出入りするのだ。これらのほかにも、貯蔵品を置く穴蔵や公共の倉庫などもある。
2つの展示室に陳列されているのは遺跡から発掘された生活工具や用品で、石器類、骨器類、陶器類に分けられる。遺跡からは大量の美しく細工の施された陶器が見つかっており、この時期の文化は彩陶文化とされている。
1994年6月に、それまでの平凡な展示法を変え、来館者に参加して楽しんでもらおうと、半坡氏族村が屋外に作られた。33000㎡の敷地に茅屋「陶山」が作られ、半坡人に扮した者が布を織ったり、矢を射たり、戦いを再現したり、陶器の笛を吹いたりする。来館者はこれらを見るだけでなく、参加もできる。こうして数多くの来館者をよんでいる。

