莫高窟(ばっこうくつ)
莫高窟 / MoGaoKu / モーガオクー

写真:感動大陸
別名「千仏洞」、敦煌市から25キロに位置し、鳴沙山の東麓の断崖に開削された大規模な石窟、中国三大石窟宝庫の一つ。
前秦符堅建元二年(366)に楽尊という僧は、鳴沙山を通り過ぎた時、金色に輝く砂山に千仏像のイメージを見て、開削を決心し、作業を繰り返していた結果、仏教の聖地となった。
中国の石窟美術はインドから渡来し、インドの伝統な石刻の石窟と違って、莫高窟の岩の質は彫刻に向かないため、泥塑像がメイン。
莫高窟は、唐の時代に一千の洞窟があったが、現存の石窟は492、そのなかに魏窟32、隋窟110、唐窟247、五代窟36、宋窟45、元窟8が含まれている。壁画は45000平方メートルにわたり、彩塑像は2415にものぼる。特に17番洞窟には四世紀から十四世紀までの貴重な文物が5.6万件発見され、現存する世界最大規模の仏教美術の宝庫である。
莫高窟は、建築、塑像と壁画という三つの芸術スタイルの見事な結合と融合だった。洞窟は、禅窟、殿堂窟、塔廟窟、アーチ型天井窟、影窟など多様な建築様式が見られ、彩塑は円形塑像、浮き彫り塑、影塑など;壁画は尊像画、経変画、故事画、仏教史跡画、建築画、山水画、供養画、装飾画など実に内容豊富。莫高窟は十六国、北魏、西魏、北周、隋、唐、五代、宋、西夏、元など十数の時代においての東西文化の交流と融合を体系的に記録した人類稀なる文化の宝庫である。
1900年に莫高窟の蔵経洞から5万巻の仏教文献などが発見され、世界に衝撃を与えて以来、研究が進み、敦煌学という学問まで生まれ、注目を集めていた。日本からの寄付によって建設された敦煌研究院は、敦煌美術の展示だけでなく、一部の洞窟の複製も行われ、新たな観光スポットとなっている。
洞窟の建築、塑像、壁画は、時代の変遷によって、徐々に変化していった。隋と唐は莫高窟の全盛時代、96番窟の大仏は、莫高窟の最大塑像で、唐の時代に彫られたもの、唐の壁画も規模がすこぶる大きく、その壮大さに圧倒されるが、五代から宋にかけて衰退していった。
莫高窟は、建築、彩塑、壁画を融合した総合芸術であり、世界現存する最大規模の仏教芸術宝庫でもある。1991年国連から「世界文化遺産」に認定された。

