陽関(ようかん)
阳关 / YangGuan / ヤングヮン
敦煌の街から南西に70㎞離れた南湖郷にあり、武帝により設置された関所。古くから、敦煌からシルクロードを経て西域へ通じる南路の重要ポイントであった。唐代の詩人、王維の詠んだ「君に勧む更に尽くせ一杯の酒、西の方陽関を出ずれば故人なからん」という詩はあまりにも有名。
建設は紀元前107年ごろとされ、漢から唐にかけて避けては通れない関所であったが、歴史があまりにも長いために風化が進んでしまっている。古書によれば、唐代にすでに崩れていたらしい。陽関は現在の南湖郷の西、「古董灘」にあったとされる。「古董灘」からは漢・唐・宋時代の玉細工や陶器の破片、古銭などが出土している。
古代、陽関は70㎞離れた玉門関とつながっており、その間ほぼ5kmごとにのろし台が置かれていた。このうち北側にある「陽関の耳目」と呼ばれるものが最も大きく、保存状態もよい。
現在では遠くて荒涼とした場所の代名詞となった陽関であるが、3~4000年前はここはオアシスだった。漢・唐の時代にも関所を守る兵士達が水を求めてやってきていたらしい。しかし、その後、山津波や風に吹き上げられた砂によって埋もれてしまい、今はのろし台が残るのみである。

