鎖陽城(さようじょう)
锁阳城 / SuoYangCheng / スオヤンチョン
安西県の南東約70㎞のゴビ灘の中にある。漢代に建てられ、時代が変わる度に様々な県が設置されてきた。唐代に最盛期を迎え、建物の構造は典型的な唐代の古城様式。元は苦峪城という名であったが、周りに鎖陽という植物がたくさんあったので、清代以降にこう呼ばれるようになった。河西は古代には政治、経済、文化、軍事などにおいて非常に重要な地であった。またその頃は鎖陽城の辺りにはオアシスが広がっており、酒泉郡と西域を結ぶ要衝の地であった。城は内外二層構造になっており、北西の角に見張り台が置かれている。鎖陽城には、古代の軍事防御システムと農地灌漑システムがほぼ完全な形で残されている。

