三星堆遺跡(さんせいたいいせき)
三星堆遗址 / SanXingDuiYiZhi / サンシンドゥイイージー
広漢市の西7キロ、南興鎮の三星村・真武村・回龍村、三星郷の人民村・仁勝村を含む鴨子河・牧馬河の台地上に位置する3000年前の都市遺跡。
1929年の発見以来、幾度となく調査・試掘が行われてきたが、1980年代に大規模な発掘が行われ、特に1986年に大量の青銅器・金器・玉石器が発掘されたことから世界的にも注目されるようになった。中でも縦目の青銅仮面に代表される青銅器の素朴ながら神秘的かつ荘厳さを備えた造形は、中原の漢民族のものとは明らかに異なり、この地に漢民族とは異なる民族による高度な文明が栄えていたことを証明した。今日では長江流域文化の5千年前~2千年前の間の空白を埋める貴重な史料とされている。
その後の研究から三星堆古城の造営から破却までの年代は、今から4070年前から2875年前の範囲とされ、中原では夏商時代にあたり、漢民族の文献に残された古代蜀国の蚕叢・魚鳧・開明氏などの王の時代に相当するとされる。城郭面積は6平方キロで周囲の古墳群を含めると12平方キロにもなり、専門家の間では蜀国初期の都城の可能性が高く、当時東方最大の都市の一つであったとされている。
| 三星堆博物館 |

