麻潔崖墓(まけつがいぼ)
麻浩崖墓 / MaJieYaMu / マージエヤームー
凌雲山と烏憂山に挟まれた麻浩と呼ばれる溢洪河道の東岸に位置する。崖墓は四川独特の墓の形式で、その特長は、丘陵に沿っている谷間の砂質岩層に人口的に四角い穴を堀り、遺体と埋葬品を安置することだ。外側から見ると神秘的な洞窟に見える。この埋葬方式は今から1800年前(後漢から南北朝時代)に流行した。このため後漢の崖墓と呼ばれる。
楽山の後漢崖墓は岷江、青衣江、大渡河沿岸と浅山谷の岸壁上に分布しており、その数は万に及ぶ。数の多さ、規模の大きさ、豊富な石刻において四川ではトップだ。麻浩崖墓は楽山の崖墓群の中で最も集中しおり、最も代表的な埋葬群だ。長さ約200メートル、広さ約25メートルの範囲内に544個の崖墓がある。墓門は蜂の巣の如く連なり、極めて壮観だ。
墓内の石刻の図柄は豊富だ。墓門には飛槍、瓦当、斗拱が彫られている。墓門の横木には左右にそれぞれ一匹の羊が彫られている。同じ並びには3人の人物のレリーフがあり、左側の飛槍にはトラや豹のような動物が彫られている。享堂は3方にそれぞれ槍、瓦当、が彫られており、図柄は精密で形も異なる。享堂の壁に彫られているレリーフには輦車、牧場の馬、宴楽、イバラでタイ王を刺している図がある。墓道口の外門には、仏像のレリーフ(高さ37センチメートル)が彫られている。座禅を組み、頭を高くして、背中には光をいだき、右手で降魔印をつくり、左手はひざの上に置き帯状のものを持っている。体は突出しており、中国早期の仏像の一つだ。崖墓の図柄は精密に彫られており、出土品も豊富で古代社会政治、経済、文化、歴史研究の重要な史料となっている。漢代崖墓群は1988年国務院により全国重点文物保護単位として公表された。

