紅岩村革命記念館(こうがんそんかくめいきねんかん)
红岩村革命纪念馆 / HongYanCunGeMingJiNianGuan / ホンイェンツングーミンジーニェングヮン
紅岩村八路軍が重慶に駐在した際の執務大楼。沙平堰区化竜橋紅岩村13号、市内から8000mのところに位置する。三階建て木造建築の建物だ。抗日戦線期、共産党と国民党は抗日民族統一戦線を打ち建てた。紅軍は八路軍と新四軍に改編され、新華日報も創立された。1939年5月から1946年5月までここは八路軍の旧執務地だった。毛沢東、周恩来、叶剣英、董必武、鄧頴超等の人物がかつてここで仕事をしていた。1945年8月毛沢東と蒋介石が行った”重慶交渉”の43日間、毛沢東は紅岩村に滞在していた。建物は当時南方局と八路軍が駐在していた事務所の工作員が改築したものだ。一階は機関工作員の事務室として使われた。大門西側の取次ぎ室には足踏み式の電動ベルが何重にも備え付けられており、緊急の際ベルを踏み、警報を出していた。二階は南方局指導者の事務室として使われた。毛沢東が重慶に滞在中に執務室兼宿舎として使っていた場所は、北向きで東側先端にある部屋で、南向き中央にある部屋は周恩来の執務室兼南方局の会議室だった。三階は機密を扱う部門で、秘密電信局が設置されており、それは南方局と延安が連絡を取り合うための重要な通信器具だった。毛沢東は滞在期間中、これを用いて全国の革命闘争を指揮していた。
記念館内には前後相次いで桜園、桃園と盆栽園が建設された。

