金殿公園(きんでんこうえん)
金殿公园 / JinDianGongYuan / ジンディエンゴンユェン
金殿は昆明の東の郊外15キロの、鳴鳳山の中にあり、銅でできた建物が太陽の光に照らされ、深い森の中で金色に輝くことからその名が付いた。山のふもとから登って行き、「鳴鳳勝景」に入ると、道中には「第一天門」、「二天門」、「三天門」があり、「天門」まで来ると「太和宮」の門が見える。その門をくぐり、「欞星門」の下を通り抜けると高い石段の上にこの太和宮の中心の建築物、金殿がある。
金殿は明の万暦年間(1602年)、雲南巡撫陳用賓が湖北省均県にある武当山天柱峰の太和宮を模して建立した。明末に破壊された後、清の初めに呉三桂によって再建された。高さは6.7m 、幅、奥行き共に6.2mで、梁や柱、斗組み、入り口や窓、瓦、殿内の帳や真武帝君の塑像、横額などに至るまで全て銅でできている。その重量は200トン余り。殿内の正面には真武帝君の坐像が奉られ、両側には金童、玉女像が置かれている。また両端に立つ水火二将は勇猛で、身につけた衣や鎧など精巧で美しい。この中国最大の銅製の殿堂は、数年前に国の重要文物保護単位に指定され、特別に保護されている。
金殿公園はまた、古代の銅製芸術品の陳列館ともいえる。殿内の銅製の七星剣や小さな亭、殿堂の前の七星旗、さらに園内の鐘楼の上の大きな銅製の鐘や銅製の獣の像など。鐘楼の鐘は高さ2.2m、口の部分の周囲は6.7m、厚さは15cm、重さは約14トン。明の永楽21年(1423年)に鋳造され、今から580年の歴史がある。初めこの鐘は昆明の南麗門の南側、宣化楼にあった。そしてこの宣化楼が取り壊されるときに古幢公園に移され、後にこの鐘楼に掛けられた。鐘楼は1983年に再建され、鳴鳳山で一番高い建築物。上に登れば周囲の景色が一望できる。以前この鐘は時報や急を告げる時に使われ、その音は10キロ先まで聞こえていた。伝説によると、昔この鐘を作るために神のような技を持つ職人が昆明にやって来た。鐘を完成させ、職人が帰る日に試し打ちをすることになった。職人は鐘を敲く役目の人物に、「私がここから100里(50キロ)先へ行くまでは鐘を敲いてはいけないよ。」と言いつけて帰って行った。しかし、100里まで待ちきれず、20里(10キロ)くらいで鐘を鳴らしてしまった。その結果、この鐘の音は20里までしか届かなくなったという。

