洱海公園(じかいこうえん)
洱海公园 / ErHaiGongYuan / アルハイゴンユェン
洱海公園は下関市洱河南路を東へ1キロ、市街地の新橋から約2.5キロのところにある。大理の名勝地の一つ。またの名を団山公園、唐代には息龍山と呼ばれ、かつては南詔国の王家の鹿の飼育場だったことで有名。
市街地から見るとこの山は丸い形に見えるため団山と呼ばれているが、蒼山の斜陽峰の中腹まで登ってみると丸くはなく、東西に細長い形をしていることがわかる。市街地側にあたる西のほうが高くなっていて、東に向かってだんだん低く、北の斜面は比較的急で、南斜面の地形は緩やかになっている。この山は長さが約3キロ、幅は一定ではなく、400mから500m。洱海の水面から一番高い山頂までの高さは80m、平均すると50mの高低さがある。南詔国時代は洱海周辺の山々には木が生い茂り、野生動物がたくさんいた。中でも鹿が有名で、歴史書の『雲南志』にも「洱河(洱海)西側の山々には皆鹿がいる」「龍足の鹿は昼間三十から五十頭の群れで草を食んでいる」と記述がある。南詔国当時は団山を息龍山と呼び、「南詔はここで鹿を飼い、狩りをした。」時代は移り、鹿の飼育場もとうになくなってしまった。近代になって、団山に土地を選んで珠海楼が建てられ、たくさんの人で賑わっていたが、惜しいことに1940年代に取り壊されてしまった。
1975年初め、下関市は特別に予算を組んで団山公園の拡張工事を行った。まず望海亭、地質亭、海心亭、桜花亭、水亭、観海長廊、風鈴搭、テレビ塔などを建設し、団山の登山用の石段を造った。また海水浴場、情人湖、動物園、遊園地など観光施設を整え、そして大理石の一種漢白玉で彫った「漁家女」像を置いた。さらに新しく息龍賓館、金海岸クラブなど食事や宿泊のできる場所も用意した。公園は1976年12月16日に落成し、名前を「洱海公園」と改めた。公園の門にはペー族独特の建築様式が採用され、そこに書かれた園名「洱海公園」は有名な書画家呉作人の書による。拡張工事後の洱海公園は、山頂遊覧区、動物園、海水浴場、植物園、遊園地、情人湖遊覧区の六つのエリアに分かれていて、「遊ぶ」「食べる」「泊まる」が一体となっている。
団山の頂上にある望海亭には、呉作人の書による「玉洱銀蒼」と書かれた扁額が懸かっている。望海亭の上の欄干にもたれて遠くを見渡すと、広大な洱海の青い水面に漁船の帆やタグボートが点々と見え、その景色はすばらしい。東側には鳳山や鶏足山が連綿と連なり、天柱峰の楞厳塔まで見渡せる。西側は蒼山十九峰が屏風のようにそびえ、大理古城や弘聖寺の塔、崇聖寺三塔もかすかに見ることができる。また、望海亭から山頂まで登り、南西の方を眺めると、大理市の整然と縦横に伸びる道路や大きなビルなども見える。
山頂遊覧区には花壇、展示室、展望台、回廊があり、現在花壇の苗木畑9ヘクタールができあがっている。植えられた木や草花は1000種余りにのぼり、その中には大理特有の植物もある。

