太和殿(たいわでん)
太和殿 / TaiHeDian / タイハーディエン

写真:感動大陸
太和殿は別名「金鑾殿」といい、故宮の中心部であり国内最大の宮殿である。宮殿が初めて建立されたのは1420年(明の永楽18年)で、当初は奉天殿と呼ばれたが、その後皇極殿に改名され、清初の1645年(清の順治2年)に現在の名前となった。
現存する建物は1695年(清の康煕34年)に再建されたもの。建物は高さ2mの漢白玉の台座の上に建てられていて、台座の周囲は三層の石の欄干で囲まれ、雲龍・雲鳳をあしらった1488本の柱が立っている。また前後にそれぞれ3つの階段があり、中央のものは「御路」と呼ばれ、階段というより一枚の石版で、海から雲を突き抜けて昇天する蟠龍のレリーフが刻まれていて、2匹の龍の内、1匹は天帝、1匹は皇帝を表していると言われている。
建物は幅11間(約63m)、奥行き5間、高さ35mで面積は2377平米ある。殿内には金の柱や龍などの装飾をあしらった天井が施されていて、その豪華絢爛な建築は故宮の中で最も壮観なものといえる。殿内中央、6本の金色の柱に囲まれた高さ2mの台座の上には金色の玉座と屏風が置かれていて、その上方、ちょうど玉座に座った皇帝の頭の上の天井部分には「藻井」と呼ばれる華麗な彫刻が施された部分があり、その中央部分から口に珠を銜えた蟠龍が下に向かって浮き彫りにされている。龍が銜えている珠は「軒轅鏡」と呼ばれるもので、漢民族の先祖とされる黄帝(軒轅氏)が作った中国最初の鏡とされ(実際には清時代のもの)、この鏡の下に座るもの、即ち皇帝こそが黄帝の正当な継承者であることを表している。
殿内には「金磚」と呼ばれる呼ばれるレンガが敷き詰めれている。このレンガは蘇州などの地で特別に製造されたもので、数種類の柴や草で136日間かけて焼き上げた後、桐油の中に100日間漬け込んで作られ、完成した物の中でも、叩くと甲高い音がし、割っても断面に気孔がないものだけが利用されているという。
太和殿は大きな式典を催す場所として、明や清の時代には皇帝即位の詔書の発布をはじめ、皇帝の婚礼、軍隊の出征命令などをこの場所で発布した。また、毎年元旦、冬至、皇帝の誕生日にあたる万寿の祝日にはここで祝賀会を催したりした。

