坤寧宮(こんねいきゅう)
坤宁宫 / KunNingGong / クンニンゴン

坤寧宮は明代には皇后の寝室として使用されていたが、李自成による武装蜂起の際に、崇禎帝の皇后はこの坤寧宮で自害した。
清の時代に再建された際には、内外装ともに他の宮殿には無い施しをし、宮殿の西端の四室を祭礼の場所とした。大祭礼や毎月一日及び十五日には皇帝と皇后も自ら神を祭った。東端の二室は皇帝が成婚の際、新婚部屋として使われていた為、室内の壁は紅く塗られ、天井には双喜(ダブルハッピー)の提灯が掛けられていた。婚礼を挙げた皇帝はこの坤寧宮に二日間泊まり、その後他の宮殿へと移ったのだが、さきに結婚し後に皇帝になった者はこのような待遇を受けることはできなかったので、この新婚部屋を使用したのは幼くして皇帝の座についた同治帝と光緒帝の二人のみであった。
乾清宮は陽を表し、坤寧宮は陰を表している。ゆえに陰と陽の合体、対照を表している。

