十三碑亭(じゅうさんひてい)
十三碑亭 / ShiSanBeiTing / シーサンベイティン

奎文閣を過ぎるとそこは十三碑亭院だ。ここは孔子廟の第6進院落。十三碑亭の建設は唐の時代に始まり、元の時代にさらに二棟建てられ、清の時代には九棟新設された。亭内には唐代から中華民国期の石碑が50個余りあり、碑文の多くは皇帝が孔子に対して与えた確固たる高い地位や、廟を拝み、官吏を派遣して弔い、廟の修理を行った記録で、漢字、バスパ文字(元代のモンゴル文字)、満字等で彫られている。碑亭は南に8つ、北に5つ配置されているため、十三碑亭とよばれている。碑はすべて皇帝に批准され立てられている。このため御碑亭とも呼ばれる。その中でも清の康熙25年(1686年)に立てられた石碑が最も高く、重さは約35tで、これに駄碑を加えると約65tになる。当時の状況から言って、この巨石を北京の西山から曲阜まで運ぶなどまさに驚愕に堪えない。駄を用いた碑はすべて”御碑”と呼ばれている。” ”は吉祥物で、伝説では竜王には9人の子供がいた。それは第8子にあたり、”文”を愛し、重い物を背負うことを得意としていたと言われている。石碑にはある文字は重く、その特長とマッチしており、竜の頭、亀の体、鷹の足、蛇の尾という形をしている。東から第3と第6の二つの亭は金代に建てられたもので、とても珍しい建築物だ。ここより東南と、西南にはそれぞれ林のように立てられた石碑がある。その風格はそれぞれ異なり、歴代の書道流派の集大成と言える。その他何石かの石碑がある。その側面には元末の紅布軍、明末の劉6、劉7及び徐鴻儒等の農民一揆の状況が記載されており、中国農民革命史研究の貴重な資料となっている。

