天都峰(てんとほう)
天都峰 / TianDuFeng / ティエンドゥーフォン

黄山の東部に位置して、西に蓮花峰、東に鉢盂峰、黄山の三大主峰の1つで、高さ1810メートルに達し、まっすぐに空や雲に突き進んでいるようで、黄山の三大峰の中で最も高くて、険しいといわれている。古称は、“群仙所都”で、天空の都会という意味である。天都峰は第4紀の氷河期に形成された峰である。山頂は平でまるで掌のようだ。“登峰造級”の石刻があり、中には天然の石室があって、百人を収容することができる。峰の頂では、遠くに雲山を眺めることが出来る。河川や、揺れ動く大海、群山を高い所から見下ろすことができる。千峰は優秀さを競い、万水がほとばしり、美しい景勝が多くて見きれないほどだ。
天都峰は、黄山の主峰の蓮花峰に及ばないが、その険しさは、蓮花峰に決して引けをとらない。百丈の長いはしごはほとんど垂直に切り立っている。天都峰は、黄山の雄壮で美しい全景を見下ろせる理想的な場所であるため、人々は、天都峰に登らないということは、黄山を訪れた事が、無駄に終わるのに等しいと言う位だ。古い時代は、天都峰は登ることができる道が無かったため、天都峰に上がることができる者はきわめて少なくて、唐代釋島雲に、慕東国の僧擲鉢がたいへんに珍しい山だと思い、黄山を訪れた。天都峰に登った一人目になったと記されている。彼はかつて絶壁で《登天都峰》という一つの詩を残した:“千万仞で空を舞い、舟の上の危険なはしごのよう、天都の中はまるっきり違う、下山のとき鳥や山道が低い所に見える。他の山は草木がまばらで、遠方の水は虚しく薄ら寒い、下ろうと思い下を見て目を閉じる、岩間に留まるキンケイのようになってしまった。
天都峰の背骨のような道に観光客は、皆びくびくする。“天都峰の道を通るのはとても怖い”と感じていた。民国26年(1937年)峰を登るはしごのような道を造った。長さは12キロメートル、1564段の石段があり、194個の石欄干と600メートルのケーブルで、観光客が安全に頂上に登れることを保障してくれる。1984年于峰の中腹部に他に新径から山頂に至るまでを切り開いた。立ち止まり、峰の頂上から遠くを眺めると、雲や山は連なるように見え、河川や群山を高い所から見下ろせる。千もの峰は美しさを競っているようで、風光はこの上なく雄壮で美しい。古い詩に“五岳から戻ってきた人で、天都を一目も見ないのは珍しい”言い伝えでは、“天都峰に行かないと、登山が無駄に終わってしまう”とも詠われ、両者とも黄山に来たら必ず天都峰に必ず訪れたほうがいいという意味である。
天都峰の山頂は平でまるで掌のようで、“登峰造級”と彫られた石刻があり、中には天然の石室があって、数十人を収容することができる。室外にも石があって、形が酔った仙人が横になっているように見えることから“仙人把洞門”と呼ばれ、他に、桃色の石があることから、”天都仙桃“という。山頂に“登峰造極”などの石刻がある。はるかに見渡すと、雲と山は連結しているように見え、群山を高い所から見下ろせる。千もの峰は優秀さを競っているようだ。古詩に:“五岳から戻ってきた人で、天都を一目も見ないのは珍しい”と詠われている。1965年5月、董必武は、:“珍しい物や険しくて有名な天都、遥かな景観があり、雄大さは、比べるものが無い。この先には、緑の自然が一つも無い”現在のいい伝えでは、:“天都峰に登らないと、むだに走ってむだに終わる。”黄山に観光に来て天都峰に登らないということは、偽りに等しいと言う事を意味している。1983年、山腹に寺を建造し、天都峰の中腹から新径から天都峰の頂までに、また新しい名所ができた。
峰には、仙人把洞門、鮒の背中、天橋、百丈のはしご、松鼠飛天都、天上玉屏、童子拝観音、金鶏叫天門、二僧朝佛などの観光スポットがある。

